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経営戦略

事業承継と健康経営——後継者に「健康な職場」を引き継ぐための準備

著者: 三宮 孝太(作業療法士・株式会社DIALOG代表)

「親父が引退したら、職人が次々と辞めていった」——これは北海道の建設業における事業承継失敗の、最も典型的なパターンの一つです。技術・財務・顧客は引き継いだ。しかし、職人が会社に留まる理由だった「あの社長だから信頼していた」という関係性は、法的な手続きでは引き継げませんでした。後継者が経営を引き継いだ途端に、ベテランが離職し、安全事故が増え、受注が落ちる——このドミノ倒しを防ぐためには、事業承継の計画に「職場の健康文化の継承」を意識的に組み込む必要があります。

建設業 事業承継を財務・技術・顧客という3要素だけで考えている経営者は多いですが、健康経営という視点を加えることで、この問題の構造が大きく変わります。建設業 後継者 育成における最大の落とし穴の一つが、「人が離れないための職場づくり」の継承が計画に含まれていないことです。中小建設業 廃業 防止のためにも、健康経営と事業承継を連動させた準備が必要です。この記事では、健康経営の観点から事業承継を考え、後継者に「人が続く会社」を引き継ぐための具体的な準備を解説します。

この記事でわかること

建設業の事業承継が難しい本当の理由

建設業の事業承継が他業種と比べて特に難しい理由は、財務・法律面だけでなく、「人と技術の属人性」という固有の問題にあります。

技術・ノウハウの属人性(経営者への集中)

建設業では、経営者自身が優れた技術者・現場管理者であることが多く、工法の選択・現場のトラブル対応・職人への技術指導など、重要な意思決定が経営者個人の知識・経験・判断力に依存しています。この「技術知識の経営者集中」は、事業承継において後継者が引き継ぐべき最も難しい要素の一つです。文書化・マニュアル化が難しい「暗黙知」として存在するケースがほとんどです。

顧客関係・信頼関係の属人性

建設業の顧客(発注者・元請け・取引先)との関係は、多くの場合「社長個人との信頼関係」として構築されています。「○○社長が直接対応してくれるから任せている」という関係では、経営者が変わった瞬間に信頼の基盤が揺らぎます。後継者が同じ顧客と関係を構築し直すには、時間と実績の積み上げが必要で、この空白期間に他社に流れるリスクがあります。

「あの社長だから働いてた」という職人の本音

中小建設業の職人が会社に定着する理由の一つに、「経営者への信頼・尊敬」があります。「社長が現場を大切にしてくれる」「自分たちの健康を気にかけてくれる」「困ったときに相談できる」——こうした経営者との関係性が、給与水準だけでは説明できない会社への愛着の源泉になっています。後継者が同じ関係性を築けない場合、「あの社長だから来ていた」という職人が離れる可能性があります。

健康・安全文化が「暗黙知」として経営者に蓄積

「うちはずっと事故がなかった」という会社の多くでは、経営者が職人の体調・動作・危険サインを日常的に観察し、声をかけ、早めに手を打つという行動を無意識に続けています。この「健康・安全への目配り」は、文書化されていない暗黙知として経営者に蓄積されています。後継者が同じ目配りを意識的にできなければ、これまで事故がなかった職場で事故が増える、体調不良者が増えるという変化が起きます。健康・安全文化の継承は、事業承継において特に意識的に取り組む必要がある領域です。

DATA — 中小建設業の事業承継と廃業の現状
321件
北海道の建設業
廃業・休廃業件数
(2025年1〜8月)
約6割
中小企業の
後継者不在率
数兆円
事業承継困難による
廃業の経済損失
(中小企業庁試算)
出典:帝国データバンク「北海道企業の休廃業・解散動向調査」2025年/中小企業庁「事業承継に関する検討会」資料

健康経営の観点から見た事業承継の4つのリスク

事業承継を健康経営の視点から捉えると、財務・技術・顧客以外の4つのリスクが浮かび上がります。これらを事前に把握し、対策を講じることが「人が離れない承継」の鍵です。

リスク1:後継者が「職場の健康文化」を継承できていない
先代経営者が無意識に行っていた健康・安全への目配り(職人の体調確認・危険サインへの対応・安全作業の声かけ)が、後継者には引き継がれていないケース。後継者が「管理」「財務」「技術」に意識が向く一方で、「人への目配り」が後回しになります。この空白が、職人の離職・不調・事故として現れます。

リスク2:引退後の経営者の突然の健康問題
事業承継の直後に、引退した先代経営者が健康問題(心筋梗塞・脳卒中・認知症など)を抱えるケースは珍しくありません。長年のストレス・疲労の蓄積が引退後に表面化することがあります。先代の健康問題は、後継者への精神的負担になるだけでなく、「やっぱり戻ってきてほしい」という職人の心理を生み出し、後継者の立場を不安定にします。先代経営者の引退後の健康管理も、事業承継計画の中に含める必要があります。

リスク3:後継者のマネジメント未経験によるメンタルヘルス問題
初めて経営者になった後継者は、前任者が当然のようにこなしていた意思決定・人間関係・責任の重さに圧倒されることがあります。「自分には無理かもしれない」「先代と比べて劣っている」という自己否定感と、外に弱さを見せられないという孤立感が重なり、後継者自身がメンタルヘルス不調に陥るリスクがあります。後継者のメンタルヘルス支援は、事業承継計画において最も見落とされやすいポイントです。

リスク4:世代交代による職人との関係変化
後継者が先代より年下・経験が浅い場合、ベテラン職人との関係構築は難航することがあります。「あの若造に何がわかる」という空気が現場に流れると、安全確認・体調報告・コミュニケーションが滞り、事故・不調の早期発見が困難になります。この関係変化は「健康文化の断絶」として現れます。

後継者に引き継ぐべき「健康経営の3要素」

健康経営の観点から、後継者が引き継ぐべき要素は以下の3つです。これらを意識的に準備することで、「人が続く会社」の基盤を次世代に渡せます。

要素1:明文化された健康・安全方針
先代経営者の「暗黙知」として存在していた健康・安全への姿勢を、文書として明確化します。「健康経営宣言」「安全管理方針」「緊急時対応マニュアル」などの形で文書化することで、後継者が「何を守るべきか」を具体的に理解できます。また、文書化された方針は職人にも示せるため、「会社の姿勢は変わっていない」というメッセージを発することができます。

要素2:健康経営の取り組み記録(健康経営優良法人認定書類)
これまで実施してきた健康施策(腰痛予防体操・熱中症対策・ストレスチェック・健診受診率管理)の記録と、健康経営優良法人認定の申請書類・認定証は、「会社がどんな取り組みをしてきたか」の証拠です。後継者はこれらを引き継ぐことで、ゼロから始めるのではなく、積み上げてきた実績の上に新しい取り組みを加えることができます。認定が継続していることは、「健康な職場が続いている」という対外的な証明になります。

要素3:職人・従業員との信頼関係の構築方法
先代が職人との信頼関係をどのように築いてきたか——定期的な面談・誕生日の声かけ・家族への気遣い・現場での日常的なコミュニケーション——こうした「信頼の作り方」を後継者に伝えることが重要です。「技術を教えることはできても、人のつかみ方は教えにくい」という声をよく聞きますが、先代が日常的に行っていた具体的な行動をリストアップし、後継者が意識的に実践するための手引きを作ることは可能です。

事業承継前に整備すべき「健康経営の仕組み化」

後継者に「健康な職場」を引き継ぐためには、先代経営者が生きている・在職している間に、健康経営を「仕組み」として整備しておく必要があります。以下の4ステップで進めます。

STEP 01

現状の取り組みを文書化する

まず、現在行っている健康・安全に関する取り組みをすべてリストアップします。「朝礼でストレッチをしている」「健診の日は就業時間内に受けさせている」「体調が悪そうな職人には声をかけている」——こうした日常的な行動を言語化・文書化することが出発点です。先代経営者だけが知っていることをリスト化し、後継者・管理職に引き継げる形にします。

STEP 02

健康経営宣言の更新・継続

健康経営宣言(経営者として健康経営に取り組む意思表明)を承継のタイミングで後継者の名前で更新します。これにより「新しい経営者も同じ方針を継続する」ということを、社内外に明示できます。宣言の更新は、後継者自身の「健康経営への関与」のスタートラインとしても機能します。

STEP 03

健康データの継続管理体制を整備する

健康診断受診率・有所見者数・ストレスチェック結果・労働災害発生件数などの健康データを、担当者が変わっても継続して管理できる仕組みを作ります。「誰がやる・いつまでに・どこに保存する」という役割と手順を明確にすることで、承継後も健康データの蓄積が途切れません。このデータの連続性が、健康経営優良法人認定の継続を支えます。

STEP 04

後継者への権限移譲と引き継ぎ研修

健康・安全管理に関する権限を後継者に段階的に移譲しながら、先代が隣でフォローする「見習い期間」を設けます。職人への体調確認の仕方・安全確認のポイント・専門家(産業医・OT)とのやり取りの方法など、実際の現場で後継者が体験しながら学べる引き継ぎ期間が、最も効果的な研修になります。

後継者のメンタルヘルスを守る——引き継ぎ直後の経営者が陥りやすいリスク

事業承継において、最も見落とされやすいのが「後継者自身のメンタルヘルス」です。新たに経営者になった人が、引き継ぎ直後に抱えやすいリスクを理解し、サポートの仕組みを事前に用意しておくことが重要です。

「全部自分でやらなければ」という過負荷

先代が1人でこなしていた業務量を、後継者も同じように1人でこなそうとする過負荷のパターンです。先代は何十年もかけて習得したペースと方法を持っていましたが、後継者は初日からすべてを引き受けることになります。「できないことを認めたくない」「弱みを見せたくない」という心理が、過度な自己負荷につながります。業務の優先順位を整理し、権限委任できる部分を事前に明確にしておくことが、過負荷を防ぐ構造的な解決策です。

先代との比較によるストレス

「先代の社長はもっとうまくやっていた」「あの社長ならこうしなかった」という職人・取引先の言葉は、後継者にとって大きなプレッシャーです。このストレスは自己効力感を低下させ、判断の萎縮・過剰な配慮・コミュニケーションの回避という行動変化を引き起こします。後継者が「先代のコピーになる必要はない」という心理的サポートと、独自の経営スタイルを形成する期間・機会を与えることが重要です。

外部相談先の確保

後継者が抱える悩みは、社内の誰にも相談しにくい内容が多いです。「自分が経営者として頼りなく見られたくない」という心理から、孤立して問題を抱え込むリスクがあります。事業承継の前後から、外部の相談窓口(商工会議所・中小企業診断士・健康経営の専門家・同業の後継者仲間)を複数確保しておくことが、後継者のメンタルヘルスを守る有効な手段です。DIALOGでは、後継者の経営者としての孤立感に対して、OTの視点からのサポートも提供しています。

健康経営優良法人認定の継続が承継の「見える証拠」になる

健康経営優良法人認定を承継前から取得し、承継後も継続することは、事業承継における「信頼の継続」を示す最も明確な手段の一つです。

認定が継続している=健康な職場の証明

健康経営優良法人認定は毎年申請・更新が必要な制度です。承継後も認定が継続しているということは、「新しい経営者の下でも、健康・安全の取り組みが途切れていない」という客観的な証明になります。職人にとっては「この会社は変わっていない」という安心感を与え、離職の予防につながります。顧客・取引先・金融機関にとっては「承継後も経営の質が維持されている」というシグナルになります。

金融機関・取引先への継続性のアピール

事業承継後は、金融機関・取引先が「後継者は信頼できるか」を判断する重要な時期です。この時期に健康経営優良法人認定が継続していることは、「健康経営に取り組む経営体制が継続している」という経営の質の継続性を示す有力な証拠です。融資審査・入札参加資格審査・取引先との契約更新において、承継後も認定が続いていることが評価材料として機能します。認定の継続は、後継者自身が「経営者としての正当性」を獲得するためのツールとしても有効です。

事業承継とは、財務と技術だけでなく、
「人が続く文化」を引き継ぐことです。
健康経営の仕組み化が、その文化を可視化します。

よくある質問

Q. 事業承継のタイミングはいつが最適ですか?

A. 事業承継の準備は「経営者が元気なうち」に始めることが最も重要です。一般的には、承継完了の5〜10年前から準備を始めることが推奨されています。後継者候補の選定・育成・権限移譲・顧客への紹介・健康経営の仕組み化——これらには時間がかかります。「まだ早い」と思う段階で始めることが、余裕のある承継を可能にします。特に北海道の建設業は廃業件数が増加しており、「いつかやる」では間に合わないケースが増えています。

Q. 後継者が見つからない場合の選択肢は?

A. 後継者が見つからない場合の主な選択肢は、①社内の従業員への承継(MBO)、②外部からの後継者採用、③M&A(第三者承継)、④廃業の計画的実施の4つです。特にM&Aは近年、建設業でも活用が増えており、中小M&Aガイドライン(中小企業庁)や事業承継・引継ぎ支援センター(北海道経済産業局内)が相談窓口として機能しています。いずれの選択肢も、健康経営の取り組み記録と認定証があることで、企業価値の説明材料として活用できます。

Q. M&A(第三者承継)の場合、健康経営は引き継げますか?

A. M&Aの場合も、健康経営優良法人認定は事業を引き継いだ新たな経営者が継続申請することで、認定を継続できます(認定は法人に対するものであり、一定の要件を満たせば承継後も有効)。ただし、認定の継続には健康経営の取り組みの実態が引き継がれていることが必要です。M&Aの交渉過程で、健康経営の取り組み内容・記録・認定状況を開示することが、売り手企業の価値を高める材料になります。健康経営の仕組み化が進んでいる会社は、「買い手にとって引き継ぎやすい会社」という評価につながります。

Q. 事業承継補助金は健康経営の取り組みに使えますか?

A. 事業承継・引継ぎ補助金(中小企業庁)は、事業承継に伴う経営革新・新規事業展開の費用を補助する制度で、健康経営に関連する取り組み(健康診断の整備・安全設備の導入・専門家活用費用など)が補助対象になる場合があります。ただし、補助金の対象要件・申請時期は年度によって変わるため、最新の公募要領を確認することが必要です。また、小規模事業者持続化補助金・ものづくり補助金なども、健康・安全関連の設備投資に活用できる場合があります。具体的な活用可否については、商工会議所・中小企業診断士への相談をお勧めします。

まとめ——「人が続く会社」を引き継ぐために今日からできること

建設業 事業承継を成功させるためには、財務・技術・顧客に加えて「職場の健康文化」を意識的に引き継ぐ準備が必要です。建設業 後継者 育成において、この視点の有無が承継後の人材定着率・事故発生率・経営安定性を左右します。中小建設業 廃業 防止のためにも、今動くことが将来の選択肢を広げます。

DIALOGでは、事業承継を見据えた健康経営の仕組み化と、後継者へのメンタルヘルス支援を一貫してサポートします。「引き継いだ途端に人が離れた」という事態を防ぐために、今からできる準備を一緒に始めましょう。

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