健康の情報は、配った分だけ届くわけではありません。
健診の結果票、健康だより、ポスター。渡した側は「伝えた」と考え、社員は「わかりました」と答えます。
ところが、その「わかりました」は、中身が伝わった合図とは限りません。わかっていなくても「はい」と答えてしまう場合があると、保健指導の専門家が論文で指摘しています。
日本の成人1,054人を対象にした調査もあります。病気のとき、専門家の助けをどこで得ればよいかを知るのが「難しい」と答えた人は63.4%でした。欧州8か国の調査では11.9%です。
知識が足りないというより、情報を使う手前で止まっている。この記事は、その止まり所を会社の側から見直す話です。
代表の三宮は、作業療法士として23年間、急性期医療の現場に立ってきました。見続けてきたのは「人が働き続けられる条件」です。株式会社DIALOG(2026年5月設立)は、その知見をもとに中小企業の採用・定着を支援しています。健康経営と採用設計の両面から手を打つのが、私たちのやり方です。
この記事の要点
- ヘルスリテラシーとは、健康の情報を「入手・理解・評価・活用」する力。日本の調査では85.4%が「限られた」水準で、欧州の47.6%を上回った
- 社員の「わかりました」からは、どの段で止まっているかが見えない。本人の言葉で言い直してもらうと見える
- 健診結果を返す日を学びの場に変えると、健康経営優良法人2027の評価項目④と、ベテランや入社1年目の定着の両方につながる
ヘルスリテラシーとは、健康の情報を「入手・理解・評価・活用」する力のことです
ヘルスリテラシーは、健康や医療の情報を手に入れ、理解し、良し悪しを見きわめ、自分の行動に使う力のことです。
言い換えると、健診の結果票を受け取ってから、再検査を予約するまでの一連の力です。たとえると、地図を持っているだけでなく、現在地を読み、道を選び、歩き出すところまでを指します。
日本の水準を測った研究があります。欧州の47問の質問票を日本語にした調査で、2015年に公表されました。
日本の成人のヘルスリテラシー(47問の質問票による調査)
出典:Nakayama K, et al. BMC Public Health. 2015;15:505。日本はインターネット調査会社を通じた成人1,054人、欧州は8か国調査の既報値との比較
日本は47問すべてで欧州より「難しい」が多く、差が最大だったのが相談先の問いです。
いまの全体の数字ではありませんが、「知っている」と「使える」の段差は読み取れます。
会社が配った健康の情報は、4つの段のどこかで止まっています
止まっている場所は、社員の「わかりました」からは見えません。段ごとに、確かめる問いを変えます。
健診結果で見る、4つの段と確かめる問い
| 段 | 止まっているときの状態 | 会社が確かめる問い |
|---|---|---|
| 入手 | 結果票を受け取っていない、開いていない | 「結果は届いていますか」 |
| 理解 | 「要精密検査」の意味や期限がわからない | 「結果票には、何をするよう書いてありましたか」 |
| 評価 | 「毎年言われる」「年齢のせい」と自分で判断して流す | 「去年の結果と比べて、どう変わっていましたか」 |
| 活用 | 行く必要はわかっても、病院・日時・休み方が決まらない | 「いつ、どこへ行く予定ですか」 |
出典:4つの段はNakayama K, et al.(2015)および江口泰正「ヘルスリテラシーと健康行動の変容」(総合健診 2020)の分類をもとにDIALOG作成。問いはDIALOGによる例
この中で、会社から見えにくいのが「評価」の段です。
急性期医療の現場で、私は何度も見てきました。患者さんが自分の不調を「年齢のせい」「体質だから」と受け止めている場面です。仕事の動作と不調のつながりに、本人が気づいていないのです。
これは私の見立てですが、健康の情報が届かない会社に足りないのは、資料の量ではありません。受け取ったあとに、本人の言葉で話してもらう数分です。
医療や保健の現場には、この数分の使い方があります。説明のあと、相手に自分の言葉で言い直してもらい、理解を確かめる方法です。「ティーチバック」と呼ばれます。
ここまでで覚えてほしい1行。「わかりましたか」と聞く代わりに、「何をすることになりましたか」と聞く。
結果票を読めないままの社員が、辞めていくまで
令和6年の定期健康診断では、受診者の59.4%に所見がありました(50人以上の事業場の報告の集計)。結果票の半分以上が、何かを知らせる紙です。
ここからは仮定です。40代のベテラン社員の結果票に、「要精密検査」と書かれていたとします。本人は「毎年言われる」と判断し、会社は結果票を手渡して終わります。
翌年の春、体の不調で現場に出られない日が続きます。本人は「迷惑をかけるから」と、退職を申し出ます。
23年の臨床で見てきた限り、仕事を続けられなくなる転換点は、本人の決断より先に来ることがあります。動けなくなり、出勤できなくなる事実が先に来るのです。本人が「辞めよう」と考える前に、体が決めてしまいます。
この経路に気づく最初の機会は、結果票を手渡す日です。手渡す場で「何をすることになりましたか」と聞けば、評価の段で止まっている兆しを、その日のうちにつかめる可能性があります。
入社1年目の社員は、社内の相談先をまだ知らないまま、最初の定期健診を迎えます。再検査を後回しにして繁忙期を迎えれば、1年目の終わりに体力を理由とした退職につながりかねません。この場があれば、中途採用の面接でも「健診の結果は、担当者が本人と一緒に確認します」と説明できます。
健康経営優良法人2027(中小規模法人部門)の認定要件にも、この場は関わります。「ヘルスリテラシーの向上」の④管理職または従業員に対する教育機会の設定です。④〜⑩から2項目以上を選ぶうちの1つです。該当するかは申請書の設問でご確認ください。
健診結果を返す日にできる、3つの手
新しい研修の前に、すでにある「結果を返す日」に3つを足します。
健診結果の返却を、学びの場に変える3手
| 手順 | やること | 時期 |
|---|---|---|
| ① 小分けにする | 結果票に付箋を1枚。やることを3つ以内に絞り、期限と相談先を書く | 結果を手渡す前 |
| ② 言い直してもらう | 「何をすることになりましたか」と1問だけ聞く。言い直せなければ、言い方を変えてもう一度伝える | 手渡すとき |
| ③ 残す | 返却の場で伝えた内容を、日付・参加者・中身で記録する。年1回の健康の勉強会も同じ様式で残す | 当日中 |
出典:江口泰正「ヘルスリテラシーと健康行動の変容」(総合健診 2020)が示す情報提供の工夫(話し合う内容は3つ程度に限る・持ち帰れるメモにして渡す・困った時にどこで情報が得られるかを伝える・ティーチバック)をもとにDIALOG作成
①の相談先には、社外の窓口も書いておきます。50人未満の事業場は、地域産業保健センターで健康相談などを原則無料で使えます。事前の申込みが必要で、北海道にも窓口があります。
②では、健診の数値は聞きません。健康情報の取扱いのルールを決めたうえで、結果を見る人は社長と担当者に絞っておきます。
なお、言い直しの1問は、医師の意見聴取(健診の事後措置)の代わりにはなりません。所見のある人について、健診の日から3か月以内に医師の意見を聴くのは会社の義務です。期限と手順は雇入れ時健康診断の記事で整理しました。
心の不調への備えはセルフケア、社長自身の受診は健診の未受診の記事で扱いました。
「わかりました」の先を、一度だけ確かめる
リハビリの説明でも、相手がうなずいたかどうかでは、伝わったかは判断できませんでした。翌日、本人が自分でやれていたかどうかで判断します。
会社の健康の情報も、同じではないでしょうか。届いたかどうかは、配った枚数ではなく、社員の次の行動で決まります。
もし1つだけ持ち帰るなら
次に健診結果を返すとき、「わかりましたか」ではなく、「何をすることになりましたか」と1人にだけ聞いてみてください。
よくある質問
ヘルスリテラシーを高めるには、外部講師の研修が必要ですか?
必須ではありません。認定要件の④は「教育機会の設定」です。健診結果を返す場を使う方法もあります。該当するかは申請書の設問でご確認ください。
社員のヘルスリテラシーは測れますか?
研究用の質問票(欧州の47問の日本語版など)があります。社内では、説明のあとに言い直してもらうほうが、止まっている段を見つけやすいと考えています。
50人未満で、社員の健康の相談先がありません。
地域産業保健センターで、健康相談などを原則無料で使えます。事前の申込みが必要です。北海道産業保健総合支援センターのサイトから窓口を確認できます。
最後に — 人材課題を抱える中小企業の経営者様へ
健康の話は、配った時点で仕事が終わったように見えます。けれど社員の行動が変わるのは、受け取った情報を自分の言葉で話せたときです。年に一度の結果の返却を、ベテランや入社1年目の社員が辞めずに働き続けるための数分に変える。その設計から始めてみませんか。