主力のベテランが、最近、ちょくちょく休むようになった。本人に聞いても「大丈夫です」しか返ってこない。来年も、再来年も、この現場は回るのだろうか——。北海道の中小建設業の社長から、こうした不安をうかがう機会が出てきました。
最初に正直にお伝えしておきます。私自身、建設業に専門的に関わるようになったのはまだ最近のことで、業界のことを毎日学んでいる駆け出しの立場です。健康経営支援の事業も始めたばかりで、まだ「これが正解です」と胸を張れる段階ではありません。
それでも、作業療法士として23年、医療と介護の現場で働く人たちを見てきた中で、繰り返し起きてきたことが、建設業の現場にも重なって見える瞬間が増えてきました。本記事では、その重なりをご一緒に眺めながら、社長が今日から、追加費用ゼロで試してみることができそうな3つの動き方を、提案として書きます。指南書ではなく、隣に座って一緒に考えるつもりで読んでいただけたら幸いです。
この記事でご一緒に考えたいこと
- なぜ「最近休みがち」を放っておくと取り返しがつかないのか
- 本人が口にしないことを、どう拾えばいいのか
- 辞めずに済む選択肢を、どう用意しておけばいいのか
- 明日の朝、最初の2分でできることは何か
「最近、休みがち」を見ているのに動けない理由
多くの社長は、すでに気づいておられると思います。あの人、最近様子が違うな、と。それでも動けないのは、おそらく3つの理由が重なっているからではないでしょうか。
まず、本人を傷つけたくない気持ち。プライドの高いベテランほど、「年だから」と心配されることを嫌います。次に、何を言えばいいかわからないこと。健康の話は専門外で、踏み込みすぎてもいけない気がする。そして最後に、業界の空気。残業も休日出勤も昔から当たり前で、いまさら自社だけ変えても仕方ない、という諦めが残っているのかもしれません。
けれど、この3つの「動けない理由」のあいだに、現実は静かに進んでいきます。これは私が医療現場で繰り返し見てきたことと、構造的に同じだと感じています。
本人より先に、身体が決めてしまう
作業療法士として23年、医療と介護の現場で患者さんを診てきました。その中で、何度も繰り返し見てきた光景があります。
人が仕事を続けられなくなるとき、それは「もう辞めよう」と決断した瞬間ではないことが多いのです。動けなくなって、出勤できなくなる。本人が考える前に、身体が決めてしまうことが、本当によくあります。
そして、辞めた後によく聞いたのは「もっと続けたかった」という言葉でした。本人は辞めたくて辞めたわけではない。職場に迷惑をかけたくない、再発が怖い、家族に申し訳ない——その気持ちが、続けたい気持ちより先に立ってしまっただけです。
北海道の建設業は、就業者の3人に1人以上が55歳以上です。65歳以上の方は、20年前と比べて2倍に増えています(国土交通省・日本建設業連合会の集計より)。今、社長の現場を支えてくれている人たちの多くが、この層に入りつつあります。気づいた時には間に合わない、という事態は、医療現場で見てきたのと同じ景色が、建設業の現場でも始まっているように、私には感じられます。
では、何ができそうか。私自身も学びながら、3つに絞ってお話しします。
1つ目:朝の2分だけ、表情を見る
明日の朝、会社で一番古株の社員の顔を、意識的に2分だけ見てみてください。前と比べてどうか、それだけ確認します。
動きがゆっくりになっていないか。腰を伸ばす回数が増えていないか。朝の挨拶の声に、いつもの張りがあるか。話しかけた時、目が合うか。
これだけで、何かを変える必要はありません。「気にかけている」という事実が、本人の中に残ります。社長の側にも、変化の感覚が蓄積されていきます。「先月よりちょっと違う気がする」——その感覚が、次の一手を決める材料になっていくはずです。
2分の観察を、月に1回でいい。続けてみてください。これは医療現場でも、専門家ではない家族の方が、患者さんの変化を一番先に拾っていた記憶からの提案です。
2つ目:「健診結果、一緒に見ようか」と声をかける
本人に直接「最近、体調どう?」と聞いても、たいてい「大丈夫です」しか返ってきません。これは医療現場でも同じでした。本音ではなく、迷惑をかけたくない気持ちの現れだと、私は感じています。
そこで、健康診断の結果を使ってみてはどうでしょうか。「今年の結果、一緒に見ようか」と声をかける。会社の制度として行うことなので、本人を狙い撃ちしている形にはなりません。これだけで、自然に話が始まります。
結果を一緒に見る時、専門家のように指導する必要はありません。「血圧、上がってるね」「腰、最近どう?」——そう一言かけるだけで十分だと思います。本人は、結果という客観的なものを前にすれば、年齢のせいで片付けてきた小さな不調を、口に出しやすくなります。
健診結果は、年に1回必ず手元にあるはずなのに、多くの会社では本人に渡して終わりになっているのではないでしょうか。これを「一緒に見る場」に変えるだけで、本人と社長のあいだに、初めて健康の会話が成り立つように思います。
3つ目:辞めずに済む「逃げ道」を用意しておく
3つ目は、もう少し時間がかかります。けれど、最も効きそうだと感じているのが、これです。
ベテランが「もう続けられない」と感じるのは、続けたくないからではないと、私は思っています。今の働き方しか選択肢がないと感じてしまっているからではないでしょうか。だから、選択肢を増やしておきます。
たとえば配置を変える時、「楽な仕事に回す」と伝えるとプライドが傷つきます。代わりに「指導役を頼みたい」「品質管理を任せたい」「安全パトロールを統括してほしい」と伝える。経験を活かす役割として声をかければ、受け入れられやすくなるかもしれません。
あるいは、勤務時間に幅を持たせる。週5日フルで難しくなったら、週3日でも来てもらう。短時間勤務でもいい。フルタイム以外の選択肢があるだけで、辞めずに済む人が出てくるのではないでしょうか。
補助器具——腰のサポーターやアシストスーツも、「あなただけ」ではなく「現場の標準装備」として全員に配ることで、本人の心理的な抵抗が下がります。これは医療現場で、福祉用具を導入する時に学んだ感覚です。
選択肢が用意されている会社と、そうでない会社では、ベテランの定着率が変わってくるように感じます。本人の意欲ではなく、会社の準備が、辞めるかどうかを決めている部分が大きいのではないでしょうか。
3つの動きを、一覧で
- 朝の2分の観察——月1回、最古参の社員の表情を意識して見る
- 健診結果を一緒に見る場——「結果、一緒に見ようか」の一言から
- 辞めずに済む選択肢を用意——配置・時間・補助器具で、続けられる形を増やす
3つすべて、追加費用はかかりません。社長が一歩動いてみるかどうか、それだけだと思います。
「健康経営」と聞いて固くなる前に
「健康経営」という言葉は、多くの社長にとって、どこか他人事に聞こえるかもしれません。立派な制度を導入する話、認定を取る話、お金がかかる話——そう思って身構える方も多いと思います。
けれど本質は、もっとシンプルなところにあるのではないかと、私は感じています。今いる人を、長く、健康に、続けてもらうこと。そのために社長ができる小さな動きを、続けることです。
制度や認定の話は、その先にあります。まず最初にあるのは、明日の朝、誰の顔を見るか、誰に一言かけるか、その選択ではないでしょうか。
ベテランが1人辞めると、新しく採用して育てるまでに数百万円のコストがかかると言われています。それに比べれば、今いる人に5年長く現場でいてもらう投資は、桁違いに小さい経営判断になりそうです。
よくある質問
Q. ベテランが辞めると言ってきたら、どう引き止めればいいですか?
A. 辞意を口にした時点では、本人はもう決めているケースが多いと、医療現場では繰り返し見てきました。引き止めるより、その手前で受け入れ方を柔らかくしておく方が効くと感じています。配置を変える、勤務時間を選べるようにする、補助器具を全員に配る——こうした選択肢を用意できるかは、社長にしか動かせない領域だと思います。
Q. 健康のための予算なんて出せません。それでもできることはありますか?
A. 本記事でご紹介した3つの動きは、追加費用ゼロで始められるものばかりです。月1回の声かけ、健康診断結果を一緒に見る場、配置を変える時の伝え方を工夫する——必要なのは予算ではなく、社長が一歩動いてみるかどうかだと思っています。
Q. ベテラン本人は『大丈夫』と言います。どこまで踏み込めばいいですか?
A. 医療現場でも『大丈夫です』は本音ではないことがほとんどでした。迷惑をかけたくない気持ちが、まず最初に出てくるからです。本人を問い詰めずに踏み込みたい時は、健康診断の結果を一緒に見る場をつくるのが、私が経験してきた中では一番自然でした。
Q. 若手が入ってこないので、ベテランに頼るしかありません。これは諦めるしかないですか?
A. 諦める必要はないと思います。今いるベテラン1人に5年長く現場でいてもらえれば、新しく1人採用して育てるのと同じ労働力が確保できます。採用は止めずに続けながら、今いる人を長く守る投資を並走させるのが、現実的な選択になりそうです。
Q. うちの会社で、何から始めればいいですか?
A. 明日の朝、会社で一番古株の社員の表情を、2分だけ意識して見てみてください。それだけで気づくことがあると思います。そこから『最近、身体は大丈夫?』と一言かける。私はそこから始めるのがいいと思っています。制度設計や予算組みは、その後で十分です。
最後に — 駆け出しの私から、社長へ
正直に書くと、私はまだ建設業の経営支援を始めたばかりで、業界のことを毎日学んでいる立場です。「これが正解です」と胸を張れる段階ではありません。
それでも、医療現場で23年見てきたことを、北海道の中小建設業の方々と一緒に並べて眺めてみると、構造的に同じことが繰り返されているように感じる場面が多くあります。だからこそ、外の人間の目線が、何か役に立てるかもしれないと思っています。
もし「最近、休みが増えたな」と気になっている方がいらっしゃるなら、すでに半分は気づいておられます。あとは、その気づきを動きに変えるだけです。
明日の朝、最古参の社員の表情を2分見ることから、始めてみていただけたら嬉しいです。そして、よろしければ、その時感じたことを、私にも教えてください。一緒に考えていけたらと思っています。