「10月から106万円の壁がなくなる」という言い方を目にします。
なくなるのは賃金の線です。壁そのものではありません。時間の線は残り、判断が今より手前に来る人もいます。
代表の三宮は、作業療法士として23年間、急性期医療の現場に立ってきました。見続けてきたのは「人が働き続けられる条件」です。株式会社DIALOG(2026年5月設立)は、その知見をもとに中小企業の採用・定着を支援しています。制度の事実と働く人の実感の両面から手を打つのが、私たちのやり方です。
本稿では、10月に何が変わり、自社が対象か、9月に何をするかを整理します。使うのは公的機関の一次資料です。
この記事の要点
- 撤廃されるのは賃金の要件だけ。週20時間以上という時間の要件は残る
- 自社が対象かを決める人数は「厚生年金保険の被保険者数」。短時間労働者(通常の労働者の4分の3未満)は数に入らない
- 働き控えの理由の1位は、全体で103万円45.1%、配偶者がいる層で130万円50.8%。どちらも今回撤廃される線ではない
制度の前提: 短時間労働者の賃金要件(所定内賃金 月額8.8万円以上)は令和8年10月に撤廃されます。勤め先の規模の要件は2035年10月まで段階的に縮小します(出典は記事末尾)。
消えるのは壁ではなく、4本ある線のうち1本です
加入の要件は、厚生労働省の特設サイトに4つあります。
短時間労働者が加入対象になる4つの要件
| 要件 | 内容 | 10月以降 |
|---|---|---|
| 時間 | 週の所定労働時間が20時間以上 | 残る |
| 賃金 | 所定内賃金が月額8.8万円以上 | 撤廃 |
| 期間 | 2か月を超える雇用の見込み | 残る |
| 属性 | 学生ではない | 残る |
出典:厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」
撤廃されるのは賃金の1本だけです。
「106万円」は法令にない金額です。要件は「所定内賃金が月額8.8万円以上」。
10月以降、線は手前に移ります
週20時間以上で働き、月8万円を受け取っている人を考えます。9月までは賃金の線に届かず対象外でした。10月からは、賃金の線に届かなくても対象になります(自社が規模の要件を満たす場合。数え方は次の章)。壁は遠のかず、手前に移動します。
減る額も見ます。厚生年金保険料率は18.3%で労使折半、本人と会社が9.15%ずつ負担します。健康保険料も別にかかります。対象者が増えれば人件費も増えます。10月は最低賃金の改定と重なります。
自社が対象かどうかは、人数の数え方で決まります
勤め先の規模の要件は10月以降も残ります。2027年9月までの対象は51人以上。段階的に広がります。
勤め先の規模による対象拡大スケジュール
| 時期 | 対象になる規模 |
|---|---|
| 現在〜2027年9月 | 51人以上 |
| 2027年10月〜 | 36人以上 |
| 2029年10月〜 | 21人以上 |
| 2032年10月〜 | 11人以上 |
| 2035年10月〜 | 規模の要件はなくなる予定 |
出典:厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」
数え間違いはここです。日本年金機構によれば、数えるのは厚生年金保険の被保険者の総数で、短時間労働者は含みません。共済組合員は含みます。
短時間労働者とは、週の所定労働時間か月の所定労働日数が、通常の労働者の4分の3未満の人です。どちらか一方でも4分の3未満なら、数に入りません。時間も日数も4分の3以上あるパートは被保険者で、51人に含めます。週40時間・週5日の会社なら、週30時間未満か週4日未満の人が短時間労働者です。
決まりはあと2つ。法人は法人番号が同じ全事業所を合計します。「常時」は1年のうち6か月以上その人数を満たすかで判定します。
ここまでで覚えてほしい1行。動くのは賃金の線1本。自社が対象かどうかは、短時間労働者を除く被保険者数を法人単位で数えて確かめます。
「うちは対象外だ」と判断した社長へ3つ補足します。1つ目。2027年10月には36人以上が対象です。
2つ目。51人未満でも、同意対象者の2分の1以上の同意(または過半数労働組合・過半数代表者の同意)を得た事業主の申出で、短時間労働者を加入対象にできます。
3つ目。次の章の130万円の線は企業規模と関係なく効いています。ここから先はパートを雇う全社の話です。
働き控えの理由の1位は、今回撤廃される線ではありませんでした
厚生労働省の「令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査」を見ます。就業調整とは、年収や労働時間を自分で抑えることです。
過去1年に就業調整をした人は、全体で13.4%。配偶者がいる層では16.8%、配偶者がいる女性では20.2%です。
問題は理由の内訳です。
就業調整をした理由(配偶者がいる層・複数回答)
出典:厚生労働省「令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査の概況」表21。就業調整をしている労働者を100とした割合。103万円の線はその後の税制改正で引き上げられています。ここでは調査当時の回答として示します
配偶者がいる層の1位は130万円で50.8%。女性では56.6%です。全体集計でも1位は103万円の45.1%で、130万円は42.8%でした(103万円の線は現在は引き上げられています)。
4番目の18.8%は社会保険料を挙げた人です。ただしこの選択肢の基準は労働時間で、10月以降も残る線でした。
ここに挙げた4つのどれも、今回撤廃される月8.8万円の線ではありません。「壁がなくなったから、もっと入ってもらえる」という期待は実りません。
規模の要件を満たす事業所では、10月以降、週20時間以上で2か月を超えて働く学生以外の人は、賃金にかかわらず加入します。その人に130万円の壁は関係せず、届かない人に残ります。
物差しが違います。130万円も103万円も年収、週20時間は1週間の話。だから規模の要件を満たす会社では、シフト表の20時間の線が境目になります。
9月のうちに動かせる3つの手順
数える、伝える、決める。順番があります。
| 手順 | やること | 使う書類 |
|---|---|---|
| 1. 数える | 短時間労働者を除く被保険者数を法人単位で数え、51人以上の月が年6か月以上あるかを見る | 被保険者の資格記録、賃金台帳 |
| 2. 伝える | 週20時間以上の人を一覧にし、減る手取りと増える保障を本人に伝える | シフト表、保険料額表 |
| 3. 決める | 増やす人・続ける人・短くする人の3通りで来期のシフトを組む | シフト表、人員計画 |
手順3では、時間を増やせる人と増やせない人を分けます。増やせない理由は、意欲とは限りません。腰や膝の痛み、家族の介護、睡眠の不足。言い出しにくい事情です。
急性期の現場で、仕事を続けるかどうかの岐路にいる方を23年見てきた限り、「もう続けられない」と離れる人は、必ずしも続けたくないわけではありません。職場に迷惑をかける恐れが、続けたい気持ちより前に立ちます。
会社の受け入れ方が柔軟なら、働くことを選ぶ人は増えます。時間帯をずらす、業務を分ける、通院日を先に決める。
健診結果を一緒に見る場があれば、手順3の会話は具体的になります。健診の運用は健康診断 未受診、辞める前の兆しは従業員エンゲージメントに書きました。
よくある質問
10月から、パート全員が社会保険に入ることになるのですか?
全員ではありません。撤廃されるのは賃金要件だけです。週20時間以上、2か月を超える雇用の見込み、学生でないことの3つと、勤め先の規模の要件が残ります。
従業員50人以下の会社も10月から対象になりますか?
数えるのは従業員数ではなく、厚生年金保険の被保険者数です。その人数で、2027年9月までの対象は51人以上。36人から50人は2027年10月、21人から35人は2029年10月、11人から20人は2032年10月から対象になり、2035年10月に規模の要件はなくなる予定です。
この51人は、パートを含めた全従業員の人数ですか?
違います。数えるのは厚生年金保険の被保険者の総数で、短時間労働者は含みません。短時間労働者とは、所定労働時間か所定労働日数の一方でも通常の労働者の4分の3未満の人です。時間も日数も4分の3以上あるパートは含みます。法人は法人番号が同じ全事業所を合計し、1年のうち6か月以上満たすかで判定します。
加入すると手取りが減ります。従業員にどう説明すればいいですか?
減る額と増える保障の両方を数字で示すのが出発点です。厚生年金保険料率は18.3%で労使折半、本人負担は9.15%。ほかに健康保険料もかかり、料率は保険者で異なります。会社も同額を負担するため、人件費の増加分も確認してください。
最後に — 見る書類が、年収表からシフト表に変わります
10月に撤廃されるのは、4本ある線のうち賃金の1本です。週20時間の線も規模の要件も残ります。
働き控えの理由の1位は、全体でも配偶者がいる層でも、今回撤廃される線ではありません。制度が1本動いても、人の判断は動きません。
まず、短時間労働者を除く被保険者数を法人単位で数えてください。その数字で、9月中に説明する相手が決まります。
先に声をかけておけば、明細を見てシフトを削る人も、黙って辞める人も減ります。