← ブログ一覧に戻る
採用×定着

ラインケア
「いつもと違う」は、「いつも」を知らない上司には見えない

著者: 三宮 孝太(作業療法士・株式会社DIALOG代表)

急性期の病棟で、初めて会う患者さんに、私が毎回聞いてきたことがあります。

倒れる前の「ふだん」です。

ふだんを知らなければ、目の前の様子が変化なのか、元からなのか、見分けがつかないからです。

代表の三宮は、作業療法士として23年間、急性期医療の現場に立ってきました。見続けてきたのは「人が働き続けられる条件」です。株式会社DIALOG(2026年5月設立)は、その知見をもとに中小企業の採用・定着を支援しています。健康経営と採用設計の両面から手を打つのが、私たちのやり方です。

本稿では、上司が部下の心の不調に気づく「ラインケア」を、小さな会社の実務に落とします。

この記事の要点

前提となる数字: 過去1年間に、心の不調で1か月以上休んだ人か、退職した人がいた事業所は、全規模で12.8%。およそ8か所に1か所です(出典は記事末尾)。

ラインケアとは、「いつもと違う」に早く気づくことです

ラインケアとは、上司が部下の心の健康を支える取り組みのことです。

厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、心のケアを4つに分けています。本人によるセルフケア、上司によるラインケア、社内の産業保健スタッフによるケア、社外の専門機関によるケアです。

指針の「ライン」とは、日常的に働く人と接する上司のことです。言い換えると、ラインケアは「毎日顔を合わせている人にしかできないケア」です。

指針の解説資料は、ラインケアで大切なのは、上司が「いつもと違う」部下に早く気づくことだとしています。例として挙がっている様子を、一部抜き出します。

注目したいのは、「あるいはその逆」という書き方です。

急に口数が増える。急に元気そうにふるまう。これも「いつもと違う」に入ります。元気に見える変化も、変化です。

資料はもう1本、線を引いています。病気かどうかの判断は、上司にはできない。それは医師の仕事だ、という線です。

上司の役目は、気づくこと、話を聴くこと、専門家につなぐこと。診断は含まれません。

小さな会社では、「ライン」は社長か現場リーダーです

従業員が数十人の会社で、部下の変化を毎日見られるのは、社長か現場のリーダーではないでしょうか。

厚生労働省の「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」で、小さな事業所の数字を見ます。

メンタルヘルス対策の実態(令和6年)

12.8%
心の不調で1か月以上の休業者か退職者がいた事業所(全体)
55.3%
10〜29人でメンタルヘルス対策に取り組む事業所
3.4%
同規模の取組事業所のうち、地域産業保健センターを活用

出典:厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要」第1表・第2表

10〜29人の事業所で、メンタルヘルス対策に取り組んでいるのは55.3%です。

取り組んでいる事業所に絞っても、上司への教育研修や情報提供をしているのは24.6%でした。1,000人以上の事業所では78.4%です。

「管理監督者への教育研修・情報提供」をしている割合(対策に取り組む事業所のうち)

1,000人以上
78.4%
78.4%
100〜299人
41.4%
41.4%
50〜99人
38.6%
38.6%
30〜49人
28.3%
28.3%
10〜29人
24.6%
24.6%

出典:厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要」第2表

規模が小さいほど、上司が「何を見ればよいか」を教わる機会は減っていきます。

指針には、もう1つ見落とされやすい一文があります。上司にとってもセルフケアは重要で、セルフケアの対象に上司も含める、という一文です。

小さな会社の社長は、見る側であり、見られる側でもあります。

ここまでで覚えてほしい1行。「いつもと違う」は、「いつも」を知っている人にしか見えません。小さな会社でそれを知っているのは、社長と現場のリーダーです。

気づく前に、「いつも」を書き残しておく

これは私の見立てですが、ラインケアでいちばん手薄になりやすいのは、気づく前の準備です。

指針の解説資料も、速やかに気づくには、日頃から部下のいつもの行動様式を知っておく必要がある、と書いています。病棟で「ふだん」を聞くのと、同じ理屈です。

23年の臨床経験で繰り返し見てきたのは、患者さんが自分の不調を「自分だけの問題」と受け止めている姿でした。仕事や環境とのつながりに、本人が気づいていないこともあります。

本人が仕事とのつながりに気づいていないなら、「最近つらい」という申し出は待っても届きません。届くのは、勤怠や報告に出る変化のほうです。小さな会社で、それを毎日見ているのは上司です。

社長が今月できる3つのこと

小さな会社のラインケア|最初の3手

手順やること目安
① ふだんを書き残す出勤時刻・休みの連絡・報告の頻度の3つを、部下ごとに月1回メモする1人1分
② 気づいたら聴く「元気?」ではなく、見た事実から入る(例:今週、朝の連絡が2回なかったね)。診断めいたことは言わない10〜15分
③ つなぐ先を先に決める地域産業保健センターの連絡先と、事前申込の方法を確かめておく今月中

出典:厚生労働省「職場における心の健康づくり」ラインによるケアの取組み内容をもとにDIALOG作成

①は、資料の例から勤怠と報告の項目だけを選んでいます。表情は、記録しても比べにくいからです。

③の地域産業保健センターは、労働者健康安全機構の地域窓口です。従業員50人未満の事業場を対象に、原則無料で、医師や保健師がメンタルヘルスの相談に応じます。すでに産業医を選任している会社なら、つなぐ先は産業医です。

健康経営優良法人2027(中小規模法人部門)の評価項目との関係も見ておきます。つなぐ先を決めて社内に知らせることは、「⑮心の健康保持・増進に関する取り組み」に関係する可能性があります。上司に「いつも」の見方を伝える社内の場を設けることは、「④管理職または従業員に対する教育機会の設定」に関係する可能性があります。要件を満たすかどうかは、申請書の設問でご確認ください。

この3つが、どこで定着に効くか

同じ調査で、心の不調で退職した人がいた事業所は6.2%。1か月以上休んだ人がいた事業所は10.2%でした。

不調の始まりから退職までには、時間があります。その間に上司が何を手元に持っているかで、分かれ道ができます。

たとえば、記録のない会社で、ある社員の遅刻が増えたと仮定します。上司は「たるんでいる」と叱ります。本人は理由を言いません。2か月後に欠勤が続き、休業に入ります。戻る足場がないまま、退職届が出ます。

記録がある会社なら、同じ遅刻が「3か月前とのズレ」として見えます。叱る前に、事実から聴けます。地域産業保健センターにつなぎ、仕事の量を調整する選択肢も残ります。

この記録を最初に使えるのは、入社後3か月の面談です。新しく入った人の「いつも」は、まだ誰も知りません。最初の3か月で記録を始めれば、半年後の変化を比べる材料になります。

面接でも使えます。「上司が月1回、勤怠と報告の様子を一緒に振り返ります。社外の相談窓口も決めています」。実際にやっていることを、そのまま説明できます。

面談の回し方は1on1、聴き方は傾聴、休んだ人の戻し方は職場復帰支援の記事で整理しています。

もし1つだけ持ち帰るなら

部下一人ひとりの「先月の出勤時刻」を、今日、思い出せるか試してみてください。

思い出せない人がいたら、その人の「いつもと違う」は、まだ誰にも見えていません。

よくある質問

ラインケアとは何ですか?

上司(管理監督者)が部下の心の健康を支える取り組みです。厚生労働省の指針が示す4つのケアの1つで、「いつもと違う」部下への気づきと対応、部下からの相談への対応、職場環境の改善、職場復帰の支援が含まれます。

従業員50人未満の会社でも、ラインケアは必要ですか?

指針は、小規模事業場ではセルフケアとラインケアを中心に、できるところから着実に進めることが望ましいとしています。産業医がいない場合は、地域産業保健センターで医師や保健師に原則無料で相談できます。

部下に「病院に行ったほうがいい」と言ってもいいですか?

厚生労働省の資料は、病気かどうかの判断は上司にはできず、医師の仕事だと書いています。上司は見た事実をもとに話を聴き、産業医や地域産業保健センターなどへの相談を勧める役割です。健康に関する情報は、本人の同意を得て扱ってください。

最後に — 「いつも」を知っている人から始める

「いつもと違う」は、研修で鍛える目より先に、記録で持っておくものだと考えています。

小さな会社の上司は、部下の「いつも」を毎日見ています。その目を、月1回のメモで支えるところから始められます。

著者プロフィール

三宮 孝太(株式会社DIALOG代表取締役 / 作業療法士)。作業療法士として23年、急性期医療の現場で「人が働き続けられる条件」を見続けてきました。その臨床知見をもとに、現在は中小企業の採用・定着、健康経営、介護予防の支援に取り組んでいます。

詳しいプロフィールを見る

部下の「いつも」を、定着と採用の材料に変える

無料の個別相談から
はじめてみませんか

上司が一人か二人しかいない、それでも人を辞めさせたくない会社へ。無料相談でお持ち帰りいただくのは1つです。貴社の規模で「いつも」として書き残す項目と、それを入社後3か月の面談と面接での説明にどう返すか。その対応表を、その場で一緒に作ります。DIALOGは、人が採れない・辞めてしまう課題を抱える中小企業の採用・定着を支援しています。手段としてご提案しているのが、健康経営優良法人の取得支援です(建設業向けには「ぱとす」による伴走支援も行っています)。作業療法士23年の臨床知見をもとに、貴社の業種・現状に合わせて一貫して伴走します。なお、個別の社員の診断や治療に関するご相談は、医療機関または地域産業保健センターにおつなぎください。

無料相談を申し込む →

参考データ

本記事は、著者(作業療法士歴23年・急性期医療従事)の臨床知見と、公的機関の公開資料を踏まえた解説です。労働安全衛生調査(実態調査)は標本調査であり、事業所割合は業種を問わない全国の集計です。個別企業の傾向を示すものではありません。「いつもと違う」様子の例は、厚生労働省資料からの抜粋であり、メンタルヘルス不調の有無を判定する基準ではありません。病気かどうかの判断は医師が行うものであり、本記事は診断・治療の代わりになるものではありません。部下の健康に関する情報の取得と取扱いは、労働安全衛生法および個人情報の保護に関する法律の定めに従い、本人の同意を得て行ってください。記事中の「記録がない会社」「記録がある会社」の経過は、説明のための仮定であり、実在の事例ではありません。健康経営優良法人の認定要件への該当性は、申請年度の認定要件・申請書の設問によって判断されます。臨床経験に基づく記述は、急性期医療の現場における患者の観察に限定した所感であり、特定の個人・企業を指すものではありません。本記事は、特定の疾病の予防・改善効果、採用の成果、離職率の改善、法令適合を保証するものではありません。